中医学における「健忘(もの忘れ)」は
単に脳の老化や神経の問題として捉えるのではなく
心・脾・腎といった臓腑の働きの失調によって生じると考えます。
特に臨床で頻度が高く
鑑別が重要なのが
「心が原因の健忘」と「腎が原因の健忘」です。
両者は同じ“もの忘れ”でも、病機・症状・治療方針が大きく異なります。
| タイプ | 中心病機 | イメージ |
| 心の健忘 | 神(精神活動)が乱れる | “覚えた情報を整理できない” |
| 腎の健忘 | 精・髄不足で脳力低下 | “記憶する力そのものが弱る” |
① 心が原因の健忘(心脾両虚・心血虚など)
病機:健忘の仕組み
中医学では心は神を蔵すとされます。
「神」とは意識・記憶・思考・判断・睡眠・感情などの精神活動全体です。
心血や心陰が不足すると、神が安定して留まれず、情報整理能力が低下します。
「記憶の整理・保持」が乱れるのが特徴です。
西洋医学的に近いイメージ
- ストレス
- 不眠
- 自律神経過緊張
- 注意力低下
- 睡眠不足による記憶固定障害
- 脳疲労に近いイメージです。
特に海馬では、睡眠中に短期記憶→長期記憶へ固定されます。
心血不足・心神不安は、この「記憶固定」の失敗に似ています。
心由来の健忘の特徴
- うっかり忘れる
- 集中できない
- 話を聞いても頭に入らない
- 不眠がある
- 夢が多い
- 動悸
- 不安感
- ストレスで悪化
- 疲れると悪化
- 考えすぎで悪化
つまり「頭が散るタイプ」です。
よく使う処方
- 帰脾湯
- 酸棗仁湯
- 天王補心丹
- 甘麦大棗湯
② 腎が原因の健忘(腎精不足・髄海不足)
病機:健忘の仕組み
中医学では腎は精を蔵す精は髄を生じる
脳は髄海であると考えます。
腎精⇒髄⇒脳という流れで腎が脳機能の根本エネルギーを支えていると考えます。
腎精が不足すると脳を養えなくなり「記憶力そのもの」が低下します。
西洋医学的に近いイメージ
- 加齢
- 神経細胞エネルギー低下
- ミトコンドリア機能低下
- 神経栄養低下
- 老化
- 神経変性
- ホルモン低下に近い概念です。
特に中医学では
- 老化
- 発育
- 生殖
- 骨
- 脳を腎が支配すると考えるため腎虚の健忘は「老化型認知低下」に近いです。
腎由来の健忘の特徴
- 昔より覚えられない
- 覚える力自体が低下
- 反応が遅い
- 思考力低下
- 加齢で悪化
- 耳鳴り
- 腰膝酸軟
- 白髪
- 足腰の衰え
- 性機能低下
- 夜間尿
- 疲労感
「脳エネルギー不足タイプ」です。
よく使う処方
- 六味丸
- 八味丸
- 杞菊地黄丸
- 左帰丸
- 右帰丸
心と腎の健忘の違いを比較
| 項目 | 心の健忘 | 腎の健忘 |
| 本質 | 神の失調 | 精・髄不足 |
| 記憶障害 | 注意散漫 | 記憶力低下 |
| 発症 | ストレス後 | 加齢性 |
| 特徴 | うっかり忘れ | 覚えられない |
| 精神症状 | 不安・不眠 | 無気力 |
| 睡眠 | 悪い | 比較的保たれる事も |
| 悪化因子 | 心労・考えすぎ | 老化・過労 |
| 体力 | 比較的残る | 全身衰弱傾向 |
| 合併症状 | 動悸・夢多い | 耳鳴り・腰痛 |
| イメージ | RAM障害 | HDD容量不足 |
心腎不交という重要概念
実際には心火亢進・腎陰虚が同時に起こる「心腎不交」も非常に多いです。
- 健忘
- 不眠
- 焦燥
- 耳鳴り
- 動悸が同時に出ます。
臨床的な見分け方
● 心タイプ
- 若〜中年にも多い
- ストレス関連
- 不眠が強い
- 波がある
- 良い日悪い日がある
▲ 腎タイプ
- 高齢者に多い
- 徐々に進行
- 常に低下
- 老化症状を伴う
中医学では「脾」が弱ると心も腎も悪化します。
脾は気血を作るため
脾虚⇒心血不足⇒健忘も非常に多いです。
健忘の治療では
単に記憶力を改善するのではなく
心血・心神・腎精・髄海といった基礎的な生理機能を整えることが本質となります。
心腎不交や脾虚の併存も多いため
臓腑間の連携を踏まえた総合的な弁証が不可欠です。


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