「着床の舞台は、静かに、しかし緻密に整えられている。」
妊娠の成立には、
受精卵だけでなく“受け入れる側”の準備が欠かせません。
その準備の中心が、排卵後の「子宮内膜分泌期」。
西洋医学ではホルモンと細胞の変化が語られますが
中医学では「腎・脾・肝」の協調と「陰血の充足」が重視されます。
今回は、子宮内膜が“潤いと温かさ”を備えていく過程を
両医学の視点から見ていきましょう。
「子宮内膜分泌期」は受精卵の着床に向けて内膜が
「潤いと栄養に富んだ状態」になる重要な時期です。
この時期の漢方的支援を考えるには
中医学でいう「腎・脾・肝」三臓の協調と陰血の充実が鍵となります。
子宮内膜分泌期の生理的特徴(西洋医学的)
排卵後(黄体期)~月経前までの約14日間。
プロゲステロン(黄体ホルモン)の作用で:
- 子宮内膜腺が「コイル状」に発達し、グリコーゲン・ムコ多糖・糖タンパク質などの栄養分泌物を出す
- 子宮内膜の血流が増加し、浮腫状で柔らかく、粘液性の潤いを帯びる
- 子宮は「温かく・湿潤で・血行が良い」状態が理想
したがって
この時期は「温煦(陽気)+滋潤(陰血)」のバランスが必要です。
1.子宮内膜分泌期の中医学的対応
| 観点 | 意味 | 治法・方意 |
| 腎陰の充足 | 腎精が充実して陰血を養い、子宮を潤す | 滋腎養血・補腎填精 |
| 腎陽の温煦 | 陽気が温めることで胞宮の血行を良くし、着床を助ける | 温腎助陽・温養沖任 |
| 肝の疏泄 | 気血の流通を助け、胞宮の血行を整える | 疏肝理気・活血調経 |
| 脾の運化 | 気血生化の源として、陰血を生み出す | 健脾益気・養血安胎 |
2.代表的な方剤と方意:処方を用いる意味
帰脾湯(きひとう)
☑方意
益気養血・健脾安神
- 排卵後の倦怠・不安・不眠・黄体機能不全型に。
- 【配合生薬】人参、白朮、黄耆、当帰、竜眼肉、酸棗仁、遠志、茯苓、甘草 など
- 目的: 脾の運化を高め血を生化し、心脾両虚を改善して着床を助ける。
温経湯(うんけいとう)
☑方意
温経散寒・養血調経
- 手足が冷え、月経痛がある、舌が淡紫・脈が沈細なタイプに。
- 【配合生薬】呉茱萸、当帰、川芎、芍薬、桂枝、半夏、人参、麦門冬、阿膠、牡丹皮、甘草、生姜
- 目的: 陽を温めつつ陰血を養い、「温中に潤い」を与える。
→ 子宮を「温かく柔らかい着床環境」に整える。
四物湯(しもつとう)+黄耆・杜仲
☑方意
補血活血・補腎助陽
- 内膜が薄い・高温期が短い・冷え性体質の方に。
- 【配合生薬】当帰、川芎、芍薬、熟地黄、黄耆、杜仲
- 目的: 血を養い、腎陽を補って内膜の血流と温度を高める。
★まとめ
〇腎陽虚(温不足)
- 冷え、基礎体温低、内膜薄には八味丸
***
〇腎陰虚(潤い不足)
- 舌紅少苔、ほてり、内膜薄乾燥には六味地黄丸
***
〇瘀血阻滞
- 舌紫・経血暗・腹痛には桃紅四物湯
***
子宮内膜分泌期に求められるのは「温・潤・通」の三要素。
- 「温」=陽気で血を巡らせる(温経湯・八味丸)
- 「潤」=陰血で滋養を与える(六味地黄丸)
- 「通」=肝の疏泄を整える(四物湯・桃紅四物湯)
子宮内膜分泌期は、生命を迎えるための“静かな準備期間”です。
西洋医学ではプロゲステロンによる内膜の変化が
中医学では「温・潤・通」の三要素が重視されます。
つまり、
温かく(陽気)・潤いに満ち(陰血)・流れが整った
気血通暢の環境こそが、着床の鍵。
この理解は漢方的支援を考える上での羅針盤となり、
患者さんの体質や症状に応じた“きめ細やかな処方選択”へとつながります。
「からだの声」を聴きながら、医学と中医学の知恵を重ねていく——
それが、妊娠支援の本質なのかもしれません。


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