瘀血は血液の流れが滞ることで生じる病理的状態ですが
その背後には必ず原因があります。
気の停滞や虚弱、痰飲、熱や寒
陰の不足などが複雑に絡み合っているのです。
だからこそ瘀血を改善するには
ただ血流を促すだけでは不十分です。
瘀血を生み出した根本の原因
――気滞・気虚・痰飲・血熱・血寒・陰虚――に目を向け
それぞれに応じた手当てを施すことが
真の回復への道となるのです。
例えば、
「気滞血瘀に冷えを伴う」病態は
気の鬱滞によって血行が悪くなり
さらに陽気の不足や寒邪の侵入により
血行がさらに阻滞するという構造をもっています。したがって
治法としては「理気活血・温経散寒」が基本方針になります。
理気(気をめぐらす)+ 活血温経(血をめぐらす)
☑組み合わせ:香蘇散 + 当帰四逆加呉茱萸生姜湯
- 組合す目的:香蘇散で気をめぐらせ、当帰四逆加呉茱萸生姜湯で寒を温め血行を促す。
- 適応症状 :冷え性・抑うつ・下腹部痛・月経痛など。
☑組み合わせ:柴胡疏肝散 + 温経湯
- 組合す目的:柴胡疏肝散で疏肝理気、温経湯で温経散寒・活血。
- 適応症状 :胸脇の張り・冷え・生理不順・瘀血。精神的ストレス関与型。
☑組み合わせ:香附子末+ 血府逐瘀湯
- 組合す目的:香附子で気を通し、血府逐瘀湯で瘀血を除く。
- 適応症状 :気鬱からくる冷え・頭痛・肩こり・皮膚の暗色。
☑組み合わせ:逍遙散 + 当帰四逆加呉茱萸生姜湯
- 組合す目的:疏肝理気と温経養血の組み合わせ
- 適応症状 :冷えのある情緒性月経異常
その他の組み合わせの考え方
| 病態 | 処方戦略 | 主な組み合わせ例 |
| 気滞 > 瘀血・冷え軽度 | 疏肝理気 + 活血化瘀 | 柴胡疏肝散+桂枝茯苓丸 |
| 瘀血 > 気滞・冷え中等度 | 活血化瘀 + 理気 | 血府逐瘀湯+香蘇散 |
| 冷え > 気滞瘀血 | 温経散寒 + 理気 | 当帰四逆加呉茱萸生姜湯+香蘇散 |
| 気滞+血虚+冷え | 理気+補血温経 | 逍遙散+温経湯 |
「気滞血瘀に冷えを伴う」病態は
単一の原因では語りきれない複雑な構造を持っています。
気の停滞が血行を妨げさらに寒邪や陽気の不足がその阻滞を深めることで
瘀血が形成されます。
気滞・瘀血・冷えの三要素を比較しながら
それぞれが主病となる場合の処方戦略と
方剤の組み合わせに込められた意図を詳しく解説いたします。
① 気滞 > 瘀血・冷え軽度
☑処方戦略
- 疏肝理気+活血化瘀
☑組み合わせ
- 柴胡疏肝散+桂枝茯苓丸
☑病態解釈
- 主病は「気滞」。
- 気機が抑鬱して血行が滞り(気滞血瘀)、軽度の冷えを伴う。
- ストレス・情緒・緊張などが誘因。
方意の結合
| 方剤 | 方意 | 作用の位置づけ |
| 柴胡疏肝散 | 疏肝理気・行血止痛。肝気の抑鬱を解き、気機の昇降を正常化。 | 「上位(肝)」の滞りを開く。気の流れを整え、瘀血の根を除く。 |
| 桂枝茯苓丸 | 活血化瘀・緩消癥塊。瘀血を除き経脈を通す。 | 「下位(血分)」の滞りを解消。軽度の温性で血行改善。 |
肝気の抑鬱(上)を開き、血行の停滞(下)を解く「上下双解」。
肝の疏泄が回復すれば、血行も自然に改善。
→ ストレス性月経痛、胸脇の張り、軽い冷えなどに理にかなう。
② 瘀血 > 気滞・冷え中等度
☑処方戦略
- 活血化瘀+理気
☑組み合わせ
- 血府逐瘀湯+香蘇散
☑病態解釈
- 主病は「瘀血」。
- 瘀血により気機も阻滞(瘀血阻気)。
- 冷えがあるが中等度。寒邪というより血行不良による冷感。
方意の結合
| 方剤 | 方意 | 作用の位置づけ |
| 血府逐瘀湯 | 活血祛瘀・行気止痛。桃紅四物湯+四逆散の理気活血方。 | 血行停滞を解消(血分主治)。同時に柴胡・枳殻で気を通す。 |
| 香蘇散 | 疏肝理気・解表理中。軽い外寒や気滞を和らげる。 | 表と中焦を開き、血府逐瘀湯の活血作用を全身に巡らせる。 |
「気は血の帥、血は気の母」。
瘀血が主でも、気が動かねば血は巡らず。
香蘇散の軽理気で“帥を整え”、血府逐瘀湯が“兵を動かす”。
→ 瘀血が中心だが、胸脇痛や胃脘膨満などの気滞を伴う冷えに理にかなう。
③ 冷え > 気滞・瘀血
☑処方戦略
- 温経散寒+理気
☑組み合わせ
- 当帰四逆加呉茱萸生姜湯+香蘇散
☑病態解釈
- 主病は「寒」。寒が気血を凝滞させた状態。
- 陽虚あるいは寒邪侵襲により、気滞と瘀血が二次的に発生。
方意の結合
| 方剤 | 方意 | 作用の位置づけ |
| 当帰四逆加呉茱萸生姜湯 | 温経散寒・養血通脈。寒による血行阻滞を除き、末梢循環を改善。 | 「血を温め、脈を通す」→ 血滞を根本的に解消。 |
| 香蘇散 | 疏肝理気・行気寛中。気の滞りを開いて温薬の作用を助ける。 | 「気を先導」して温薬が経脈末端まで届くようにする。 |
寒が主であれば、まず温める。
しかし寒が去っても気機が滞れば再び瘀血を生む。
→ 温めて「通」し、理気して「行」かせる。
「通行両暢」=寒滞気結の治法。
→ 冷え性・末端冷え・月経痛・下腹部絞痛などに理にかなう。
④ 気滞+血虚+冷え
☑処方戦略
- 理気+補血温経
☑組み合わせ
- 逍遙散+温経湯
☑病態解釈
- 気滞・血虚・寒が複合。
- 長期ストレス・慢性疲労・月経不順などで肝脾腎の虚実錯雑。
方意の結合
| 方剤 | 方意 | 作用の位置づけ |
| 逍遙散 | 疏肝理気・健脾養血。肝気鬱結による気滞と血虚を調える。 | 「肝脾不和」を調整して気血生成を回復。 |
| 温経湯 | 温経散寒・養血祛瘀・調経止痛。血虚・寒・瘀の錯雑に。 | 「温・補・通」三者兼備。虚を補いながら血行促進。 |
逍遙散で肝気を解き、脾を健やかにして気血を生み、
温経湯で寒を除き瘀を祛し、血流を回す。
→ 「補中有散」「散中有補」。
理気によって気血が生じ、温補によって血行が保たれる。
→ 冷え・倦怠・抑うつ・月経不順・顔色不良などに理にかなう。
***
🌸 まとめ:理論構造(簡表)
| 病態 | 主治原則 | 理論構造 |
| 気滞主 | 先気後血 | 上焦を開いて下焦を通す(柴胡疏肝散+桂枝茯苓丸) |
| 瘀血主 | 先血後気 | 活血が主、理気で助ける(血府逐瘀湯+香蘇散) |
| 寒主 | 先温後行 | 温めてから気血を流す(当帰四逆加呉茱萸生姜湯+香蘇散) |
| 虚実錯雑 | 補中有散 | 補血温経しつつ疏肝理気(逍遙散+温経湯) |
このように
気滞・瘀血・冷えの三要素は
互いに影響し合いながら病態を形成します。
それぞれの主病に応じて
「先気後血」「先血後気」「先温後行」「補中有散」などの治法原則を立て
方意を組み合わせることで
より的確な処方選択が可能となります。
病態の構造を見極め
方剤の意味を理解して頂く事が
治療の精度と納得感を高める鍵と考えております。


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