🔑Keyword
免疫寛容 IL-10・TGFβ
ホルモン P4:プロゲステロン・hCヒト絨毛性ゴナドトロピン
免疫細胞 Th1・Th2・TH17・Treg
妊娠初期は、母体にとって**「遺伝的に半分は異物(父親由来)」である胎児を拒絶せずに受け入れる**という、免疫学的に非常に繊細な時期です。
この現象を説明するキーワードが 免疫寛容(immune tolerance) であり、これに深く関わるのが Th1/Th2バランス と Th17/Tregバランス です。着床前のバランスを整える為に必要なホルモンが黄体から分泌されるP4:プロゲステロン。着床直後のバランスを整える為に必要なホルモンが絨毛組織から分泌されるhCG:ヒト絨毛性語ゴナドトロピン
hCG(ヒト絨毛性ゴナドトロピン, human chorionic gonadotropin)
妊娠の成立と維持の中心的なホルモン
①分泌の起源とタイミング
②hCGの作用
③臨床的意義
④中医学的視点との接点
① hCGの分泌の起源とタイミング
| 項目 | 内容 |
| 産生細胞 | 胎盤の絨毛組織にある 合胞体性栄養膜細胞(syncytiotrophoblast) |
| 分泌開始 | 受精後約6日目、受精卵が子宮内膜に 着床した直後 |
| ピーク | 妊娠約8〜10週で最高値(約10万mIU/mL) |
| その後 | 以後は減少し、妊娠中期以降は一定レベルで維持 |
② hCGの主な作用
1. 黄体維持作用
- 着床直後、hCGは 卵巣の黄体に作用 し、
プロゲステロン(黄体ホルモン)の分泌を促進します。 - これにより:
- 子宮内膜が柔らかく保たれ、受精卵の着床が安定
- 子宮収縮が抑制される
- 黄体は本来、排卵後約14日で退縮しますが、
hCGの刺激で「妊娠黄体」として維持されます。
2. 胎盤形成の促進
- hCGは栄養膜の増殖を促し、
胎盤(胎児と母体をつなぐ器官) の発達を支援します。
3. 免疫寛容の誘導
- 母体の免疫系が胎児(異物的存在)を攻撃しないように、
hCGは免疫寛容を誘導するサイトカイン環境を作ります(例:Th2型免疫優位化)。
4. 胎児性腺の発達
- 男児胎児では、hCGが胎児の ライディッヒ細胞 を刺激し、
テストステロン を分泌させ、性器の分化を促します。
③ 臨床的意義
| 分野 | 内容 |
| 妊娠診断 | 尿中・血中のhCGを測定(妊娠検査薬はこれを検出) |
| 妊娠経過の評価 | hCG値の上昇が遅い場合:流産や子宮外妊娠を示唆することも |
| 腫瘍マーカー | 胞状奇胎、絨毛癌、精巣腫瘍などで異常高値を示す |
| 不妊治療 | hCG注射を排卵誘発や黄体補助として用いる(LH様作用) |
④ 西洋医学的機序まとめ(図式的に)
受精(卵管膨大部)
↓
着床(子宮内膜)
↓ 絨毛形成(合胞体性栄養膜細胞)
↓
hCG分泌開始
↓
卵巣黄体刺激 → プロゲステロン維持
↓
子宮内膜安定 → 妊娠継続
↓
胎盤完成(10〜12週)後は胎盤がプロゲステロン産生
⑤ 中医学的な視点
中医学ではホルモンという概念はないものの、
hCGの作用は以下のように対応づけられます。
| 西洋医学の機能 | 中医学対応 | 説明 |
| 黄体維持 子宮内膜の安定 | 腎精・腎陽の 温養作用 | 腎は「生殖・発育」を主り、妊娠維持の根本。 hCGの「温存・持続」作用は腎陽の機能に近い。 |
| 胎盤形成 母体免疫寛容 | 脾の統血 肝の疏泄調和 | 血を安定させ、母胎の調和を保つ。 |
| 胎児性腺の発達 | 腎精の充実 命門の火 | 性の発育を促すエネルギー源。 |
★まとめ
| 項目 | 内容 |
| 名称 | ヒト絨毛性ゴナドトロピン(hCG) |
| 分泌部位 | 胎盤(合胞体性栄養膜細胞) |
| 分泌開始時期 | 着床後(受精約6日後) |
| 主な作用 | 黄体維持 → プロゲステロン分泌 → 妊娠維持 |
| その他作用 | 胎盤形成、免疫寛容、胎児性腺刺激 |
| 臨床利用 | 妊娠診断、不妊治療、腫瘍マーカー |
| 中医学対応 | 腎精・命門・脾の統血作用の働きに相当 |
***
※妊娠初期の免疫寛容の基本構造※
母体の免疫は通常、異物(ウイルスや腫瘍細胞など)を排除するように働きますが、妊娠時には「胎児(半分は異物)」を排除してはいけません。
そこで、免疫系の反応性が一時的にシフトします。
目的
- 胎児・胎盤を攻撃しない(免疫抑制)
- 感染防御は維持する(免疫保持)
「絶妙な免疫制御」を可能にするのが、Th1/Th2バランス と Th17/Tregバランス
① Th1 / Th2 バランス
| 免疫型 | 主なサイトカイン | 主な役割 | 妊娠への影響 |
| Th1型免疫 | IFN-γ, TNF-α, IL-2 | 細胞性免疫・炎症反応 | 過剰だと流産・着床障害 |
| Th2型免疫 | IL-4, IL-5, IL-10 | 抗炎症・抗体産生 | 妊娠維持に有利 |
妊娠初期の変化
- Th1 → Th2へのシフト
→ 炎症性サイトカイン(IFN-γ、TNF-α)が減少し、
抗炎症性サイトカイン(IL-10など)が増える。 - このシフトは、胚着床後から妊娠中期にかけて特に重要です。
象徴的に言うなら:「母体は胎児を“攻撃する免疫”から、“守る免疫”へと舵を切る」
② Th17 / Treg バランス
| 免疫型 | 主なサイトカイン | 主な役割 | 妊娠への影響 |
| Th17細胞 | IL-17, IL-22 | 炎症・組織障害 | 過剰だと流産・子宮内炎症を誘発 |
| Treg細胞 | IL-10, TGF-β | 免疫抑制・寛容維持 | 胎児免疫寛容の中心的役割 |
妊娠初期の変化
- Tregが著しく増加し、Th17が抑制される
- 子宮局所(特に脱落膜)ではTregが活発に働き、胎児抗原に対する免疫応答を抑制
- IL-10、TGF-βが局所環境を穏やかに保ち、胎盤形成と免疫寛容をサポートする。
補足:hCGとの関係
妊娠初期に分泌される hCG(ヒト絨毛性ゴナドトロピン) は、
単に黄体を刺激してプロゲステロンを分泌させるだけでなく、免疫調節にも関与します。
| 作用 | 内容 |
| Treg誘導 | hCGはTreg細胞を増やし、免疫寛容を促進する |
| Th1抑制 | hCGはIFN-γ・TNF-α産生を抑制 |
| 胎盤形成促進 | 血管新生因子(VEGFなど)を介して脱落膜環境を整える |
☆まとめ:妊娠初期の免疫バランスの全体像
| 項目 | 妊娠初期の方向性 |
| Th1 / Th2 バランス | Th2優位(抗炎症) |
| Th17 / Treg バランス | Treg優位(免疫寛容) |
| 主な誘導因子 | hCG、プロゲステロン、IL-10、TGF-β |
| 目的 | 胎児を免疫的に“自己の一部”として受け入れる |
💬 象徴的な一文でまとめると
「母体の免疫は、敵を倒す力から、生命を育む知恵へと変わる。」


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