1.エストロゲンは健康の陰の主役
生殖とは、卵巣、子宮、乳腺などいわゆる生殖関連臓器以外に、
呼吸、循環、糖や脂質代謝、あるいは脳神経機能、行動など個体のあらゆる機能を
動員した総合的な仕事であります。ここでいう生殖とは、男女が出合い、妊娠が成立し
妊娠が維持され、胎児が育ち、絶妙なタイミングで無事分娩が終了し、生まれた赤ちゃんが
元気で育ち自立するというすべての過程を包括しています。
そのため、生殖の全体を指揮するエストロゲンは様々な状況に応じてきわめて多様な役割を
負わされています。
人類は個人が充実して楽しい生涯を送ることができることを目指して、進化の長い道のりを
歩んできたのではなく、ほかの動物と同じように生殖の効率を高めるようにと沙汰されて
きたものであります。しかしながら、動物界では例外的といえる高度な知性を生かし
文明を築きあげ、その結果ヒトは自然との関わり合いに乏しい生活を営むようになりました。
それとともにヒトの身体の仕組みも動物たちと同様に、生殖効率を高めるように
作られているという意識が薄れてきています。
☑本来エストロゲンとは
エストロゲンは、本来子孫繁栄を目指して作用しているホルモンです。一方、子孫を確実に残す
ためには特に女性が心身ともに健康な状態を保っていることが前提です。そのためエストロゲンは、
全身の臓器の働きを妊娠に耐えられるようにと維持しているといえます。
いわば健康とは、本来生殖可能な身体であることに副次的に伴うものであると考えることができます。
日頃我々は、自身の健康維持や長寿に対する関心は高いが、生殖機能の重要性を実感するのは、
少子化問題を論じるとき、あるいは結婚して子宝に恵まれないときぐらいです。
我々の身体は、生殖の円滑な営みを請け負うエストロゲンにより直接、間接に強く影響されていることを
自覚することで自身の健康に対する見方も変わってくると思われます。
2.エストロゲンが低下するとどうなるか
“生まれつきエストロゲンが作用しない場合”と、“ある時期からエストロゲンが欠落した場合”
とでは異なりますが、ここでは後者について述べてみます。
エストロゲンが急激に低下すると、最も早期に出現する症状はのぼせ(ホットフラッシュ)や発汗です。
エストロゲンは血管の拡張や収縮を調整する作用がありますが、その調整機能が乱れたことに
よるものであり、血管運動神経の失調症状といえます。
エストロゲンが低下した状態が数年以上経過すると、膣や外陰部の委縮は起こります。
さらに膣内に細菌が繁殖しやすくなり、いわゆる委縮性膣炎という状態になることがあります。
症状としてはおりものやかゆみなどです。
男性では、男性ホルモンの低下は性欲低下に繋がりますが、女性ではエストロゲンが低下しても
性欲自体のへの影響は少ないです。しかし、外性器の委縮により性的活動が苦痛になり
そのため回避しようとすることはあります。
エストロゲンの低下は、血圧の上昇やコレステロールの上昇、とくに悪玉コレステロールと
いわれているLDLコレステロールが上昇をもたらすことがあります。この状態が長期間続くと
動脈硬化、それに引き続いて狭心症、心筋梗塞、脳卒中などの心血管系障害の危険性が高まる
ことはすでに述べています。ただし、心血管系に及ぼす影響は、必ずしも低エストロゲンのみに
起因するものではなく、それ以外の種々の要因が関係します。
☑その状態が続くと
エストロゲンの低下した状態が10から20年以上持続すると、骨のミネラル(カルシウム、リンなど)
含量が低下します。骨のミネラル含量を骨密度、または骨量といいますが、この骨量が一定レベル以下
になると骨は脆弱になり、ささいな外力で骨折します。この状態を骨粗鬆症といいます。
一般に、生殖年齢にある女性はエストロゲンが十分に分泌されていて、動脈硬化が原因である
心筋梗塞などに罹ることは大変稀です。しかし30~40代の女性でも、低エストロゲン状態が
長期間続くとコレステロールが増加し、動脈硬化が通常より早期にみられるようになり、
心血管系の疾患リスクが高まるといわれています。このようにエストロゲンは低下して初めて
その恩恵が自覚されることが多いです。
女性が生殖可能年齢にあるということは、妊娠可能な健康状態であるということでもあります。
エストロゲンはこのことに対して責任を負っています。本来は生殖年齢にあるにも関わらず
閉経を迎えてしまうことがあります。この場合は生殖機能は失いますが、エストロゲンを補充
することで女性の健康を守ることができます。
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