排尿痛と性交痛は一見すると異なる症状に見えますが
中医学では「異病同治」の考え方により
痛みの性質(=証)に着目することで
共通の治療方針を立てることができます。
つまり
原因が同じであれば
病名が異なっても同じ処方が適応されるのです。
例えば
性交痛・排尿痛が
乾燥してヒリヒリする痛みは“陰の潤い不足”と考え
性交痛も排尿痛も同じ処方になります。
性交痛・排尿痛が
焼けつく痛みは“湿熱”と考え
性交痛も排尿痛も同じ処方になります。
性交痛・排尿痛が
針で刺すような痛みは“血の滞り”と考え
性交痛も排尿痛も同じ処方になります。
このように、
排尿痛と性交痛という異なる症状も
乾燥・熱・瘀血といった「証」によって一本の線でつながります。
「異病同治」は症状の背後にある共通の根を見抜く中医学の知恵であり
身体の声を“痛みの質”から読み解く鍵となるのです。
性交痛・排尿痛を6つのタイプに分類し
それぞれの代表処方を“選んだ根拠(方意)と
構成生薬の配合目的”を含めてまとめました。
性交痛・排尿痛は
①痛みの性質
②熱か寒か
③湿か乾か
④気・血・陰のどこが不足または停滞しているか
で弁証:原因を確認します。
1)腎陰虚タイプ(乾燥してヒリヒリする痛み)
症状
- 膣・尿道の乾燥
- 性交時の摩擦痛
- 排尿後にヒリヒリ
- 五心煩熱:両手・両足・胸の熱感
- 寝汗
- 口渇
- 舌紅少苔
代表処方
- 知柏地黄丸(滋陰降火)
方意
- 腎陰を補い、乾燥した粘膜を潤す
- 虚熱(軽い灼熱感、ヒリヒリ)を冷ます
- 下焦の陰不足を改善
構成生薬の配合目的
- 熟地黄:腎陰補益・津液を生む
- 山茱萸・山薬:陰精を固める
- 沢瀉・茯苓・牡丹皮:虚熱の上がりすぎを制御
- 知母・黄柏:虚熱を冷ます(滋陰清熱)
2)血虚タイプ(潤い不足による痛み:女性に多い)
症状
- 性交痛(乾燥)
- 膣分泌が少ない
- 月経量少ない
- 顔色淡白
- 爪が薄い
- めまい
- 舌淡、脈細
代表処方
- 四物湯(補血・滋潤)
方意
- 血虚による膣の潤い不足を改善
- 補血 → 津液の生成を助ける
- 筋と皮膚の乾燥による痛みを改善
構成生薬
- 当帰:補血+血行改善で潤いを増やす
- 芍薬:血を養い、筋を柔らかくする
- 川芎:瘀滞予防・頭の栄養
- 地黄:血・津液を生む
- 血虚+瘀血(刺すような痛みも伴えば) → 当帰芍薬散
- 血虚+陰虚 (手足の熱感や喉の渇きが伴えば)→ 六味丸合四物湯
3)下焦湿熱タイプ(最も頻度が高い:焼ける痛み)
症状
- 排尿痛:焼けるように熱い
- 尿が濃い・黄色・ニオイ
- 性交後に痛みが悪化
- 外陰部のムレ
- 帯下が黄色く粘稠
- 舌に黄苔・湿った苔
代表処方
- 竜胆瀉肝湯(清肝胆実火・利湿熱)
方意
- 下焦の湿熱による炎症(膀胱・尿道)を冷ます
- 外陰部の赤み・灼熱感・焼ける痛みを改善
- 肝胆の実火で悪化する刺激痛を鎮める
構成生薬
- 竜胆草:強力な清熱燥湿
- 黄芩・山梔子:炎症・尿道痛を抑える
- 車前子:利湿通淋(排尿痛改善)
- 沢瀉・木通:湿を下へ流す
- 当帰・地黄:熱による陰液消耗を補う
- 柴胡:肝の気鬱を解く
湿熱が軽く排尿痛中心の場合は → 五淋散
4)気滞タイプ(ストレス・性交時の圧迫痛)
症状
- 性交時に「圧迫」で痛い
- 尿は痛くないことも多い
- 生理前悪化・胸脇張痛
- イライラ・溜息
- ストレスで悪化:怒り
- 舌:薄白苔、脈弦
代表処方
- 逍遙散(疏肝理気・調経)
方意
- 肝気鬱結をほどき、陰部の緊張を緩める
- 性交時の「つるような痛み」改善
- ストレス性の骨盤周囲の緊張緩和
構成生薬
- 柴胡:肝気を流す
- 当帰・芍薬:血を養い、筋を柔らかく
- 白朮・茯苓・生姜:脾を補い気の巡りを整える
- 薄荷:気を上へ開散
- 甘草:調和
- 気滞+熱感を伴う場合は → 加味逍遥散(逍遥散+牡丹皮・山梔子)
- 気滞+瘀血:同じ場所が痛み・刺し痛みを感じる → 芎帰調血飲
5)瘀血タイプ(刺す痛み・一点痛・深部痛)
症状
- 性交時「刺すような痛み」
- 深く入れると痛む
- 月経痛・血塊
- 黒っぽい月経血
- 舌に瘀点・暗紫
代表処方
- 桂枝茯苓丸(活血化瘀・子宮骨盤の瘀血改善)
方意
- 骨盤の血流障害(瘀血)を改善
- 深部痛・刺痛を改善
- 経血の暗色・塊を解消
構成生薬
- 桂枝:瘀血を動かし気を流す
- 茯苓・芍薬:筋の緊張を緩める
- 桃仁・牡丹皮:強力な活血化瘀
刺痛が強く熱感あり便秘を伴う → 桃核承気湯
6)寒凝タイプ(腎陽虚・冷えによる痛み)
症状
- 排尿痛というより「冷痛」
- 冷えると痛み悪化
- 温めると軽減
- 尿が冷たい
- 下腹部・腰の冷え
- 舌淡・湿
代表処方
- 八味地黄丸(補腎陽・温煦作用)
方意
- 腎陽を補い、冷えによる下焦収縮を緩和
- 冷えで締まって起きる性交痛・違和感
- 尿勢の弱りも改善
構成生薬
- 地黄・山薬・山茱萸:腎を補う
- 沢瀉・茯苓・牡丹皮:余分な水を動かす
- 附子・桂皮:温陽・冷え改善(痛み改善の主力)
- 冷えが強く痛みが刺す → 当帰四逆加呉茱萸生姜湯
◆【まとめ表】
| タイプ | 痛みの特徴 | 主証 | 代表処方 |
| 腎陰虚 | 乾燥・ヒリヒリ | 陰液不足+虚熱 | 知柏地黄丸 |
| 血虚 | 潤い不足・乾燥痛 | 血不足 | 四物湯 |
| 湿熱 | 焼ける痛み | 熱+湿(炎症) | 竜胆瀉肝湯 |
| 気滞 | 圧迫痛・締め付け | 肝気鬱結 | 逍遙散 |
| 瘀血 | 刺痛・一点痛 | 瘀血 | 桂枝茯苓丸 |
| 寒凝(陽虚) | 冷えると痛い | 陽虚・寒 | 八味地黄丸 |
このように、
排尿痛と性交痛は「異なる場所の痛み」でありながら
その根にある証が一致すれば、同じ処方で癒すことができる
——それが中医学の「異病同治」の智慧です。
痛みは単なる不快ではなく
身体が発する精妙なメッセージ。
その質感に耳を澄ませ
証を見極めることで
治療はより深く、より個別に、そしてより優しくなっていきます。


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